円仁は唐の文殊信仰の聖地
五台山で修行したとされます。
日本で五台山に対する信仰が
興って来たのは円仁からで、
後に日本人僧侶が五台山に
何人も渡っている事から、
優れた聖地としての認識が
伝えられていたのでしょう。
奈良の安倍文殊院に行った時、
獅子に乗った文殊菩薩像が
残されているのを見ましたが、
五台山から持ち込まれた信仰が
広まった結果でしょうか。
ここまで信仰された文殊ですが、
現代日本の仏教界を見ると、
余り文殊菩薩を信仰していると
思えない感じを受けますが、
どの様な背景があったのでしょう。
日本でも文殊信仰が盛んになり、
ある時期にそれが消されたと
見る事は出来るのでしょうか。
文殊菩薩には余りにも深い
謎が存在していますが、
書く事が結構あるので、
ここでは割愛しておきます。
詳しくは岩戸開きの本の中に
既に書いてはあるので、
関心があれば読んで下さい。