江戸の神道の研究に東京へ行き
色々とまわって来たのですが、
冗談抜きで時間がギリギリで
汗だくになり走って来ました。
もちろんメインは林羅山の墓で、
これ一ヶ所では勿体無いと思い、
色々と詰め込んで後悔しました。
何だかんだで移動に時間がかかり、
電車から降りても結構歩く以外に
地下鉄の乗り換えが面倒過ぎて、
一ヶ所一時間で計算しないと、
ダッシュしまくりになります。
汗だくの状態でJRが遅延し、
ドアを開けたままで停止して
風が入って来る状態が続き、
風邪をひくかと思いました。
さて収穫となると結構あったので、
もう二度と行くかとは思いつつ、
本を書けるまでは行けそうです。
国学に余りにも問題がある中で
国学四大人に含まれている
平田篤胤がかなり特殊なので、
解釈に迷う部分があります。
思想的な問題だけに止まる事なく
古神道行法にまで関わっており、
ここは文献研究では理解不能な、
領域がありそうな感じです。
ただ平田神社に行くまでが厄介で、
地下鉄で新宿駅に降りたら迷い、
踏み切りが降りたと思ったら
電車が何本も行き来したりで、
走っても時間がカツカツでした。

何で東京は地下鉄の駅の乗り換えが
地図で見ると近場に思わせつつも
あそこまで複雑で長距離を歩く、
トラップの様な表現なのでしょう。
行法は行っていない人から
色々言われると納得いかない
修行者が多くいそうですが、
歴史的側面からの検討なので
別枠として考えた方が良いか、
簡単には判断が出来ません。
ただトホカミエミタメ辺りは
三河一宮の砥鹿神社に関わり、
古代王朝との関係が存在した
可能性が高そうではあります。
十種神宝もニギハヤヒ由来で、
天皇家の祖先とは異なるので
様々な疑問が浮かんで来ます。
ここだけ別枠として考えるべきか
未だに分からない所がありますが、
国学派に対して神道行法を広めて
良い方向に持っていこうとした
可能性もゼロでは無いのなら、
解釈が大きく変わって来ます
教派系については学術的な検討で
かなりの所まで追及が可能ですが、
こちらは恐ろしい深層が確認され、
ある程度まで分かって来てはいます。