古代日本とゾロアスター教

壬申の乱の後にゾロアスター教・マニ教・
ネストリウス派キリスト教の三教が
日本に入ってきた事を記事にしましたが、
地元の歴史家とオフ会をしていると、
某神社で行われる火の祭りが
拝火教であるゾロアスター教の祭祀と
似ていると言う話題が出たりします。

厳島神社とゾロアスター教の関係は
既に指摘されてきていますね。

平清盛により社殿が建てられる前に
聖徳太子により建立されたと
伝承されている厳島神社ですが、
ここに伝わる一子相伝の舞は、
異形で高い鼻の面をつけ、
ペルシャ人が父を殺した猛獣に復習する
ストーリーとなっているそうです。

平(ペイ)の姓をペルシャ人の意味とする
独特な説が存在していますが、
アレクサンダー大王に滅ぼされた
アケメネス朝ペルシャの国教は
ゾロアスター教でした。

父を殺した猛獣はアレクサンダー大王の事なのか、
アレクサンドリア大図書館の本は焼き払われ、
歴史の捏造も行われたのかも知れません。

聖徳太子は『随書倭国伝』に記された
アメタリシヒコが本来の王で、
壬申の乱により武即天により保護された
ネストリウス派キリスト教徒が日本に入り、
イエスキリストをモチーフとして
馬小屋で産まれた聖徳太子の伝承を
創作したのでしょうか。

アメタリシヒコは三遠の王朝の王で、
シャーマンキングであったようですが、
鬼道を行い鬼神から王権を渡される
王権神受の王朝だったようです。

この王権は兵庫県の高御座山に祀られる
ウシトラコンシンから授かるものだった事が
九鬼文書に記されていますが、
同じ瀬戸内海に厳島神社が存在するのも
興味深いところです。

四国の阿波の国と三遠の関係は
薄い仮説しか立てられていないので
まだ調査している最中ですが、
ある程度までは三遠式銅鐸の本に
纏めてあります。

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